研究テーマ

計算バイオ科学研究室ではタンパク質や生体膜等の生体分子の機能発現機構解明に関する研究を計算機シミュレーションを用いて進めています。ここでは現在取り扱っている研究手法や研究テーマについていくつか紹介します。


 生体分子の分子動力学シミュレーション


 一般的なタンパク質の構造解析としてはタンパク質を結晶化させて行うX線結晶構造解析、ダイナミクス解析では核磁気共鳴法(NMR)や原子間顕微鏡(AFM)等の方法があります。しかしながら、これらの実験手法では観測できる解像度に限界があり、原子レベルでの解析や分子間相互作用の評価は非常に困難です。

  図 1 : 水中のPseudomonas aeruginosa Azurinの
MDシミュレーション  
 一方、理論的アプローチとして分子動力学(MD)シミュレーションがあります。MD法はタンパク質の原子座標の相互作用を逐次的に計算することにより、仮想的に溶媒中のタンパク質の構造とダイナミクスを時系列に再現する手法です(図1)。MD法はタンパク質内の原子運動を直接観察することが可能であることから、実験では観測が困難な原子レベルでの動的構造情報を「補完」し、「予測」することができる非常に有効な手法として期待されています。神戸にある次世代スーパーコンピューター「京」ではウイルス等の巨大分子系のMD計算が行われる予定で、創薬やワクチン開発等への応用が期待されています。


 量子・古典ハイブリットシミュレーションの開発

  図 2 : 量子(QM)、古典(MM)ハイブリット計算
 タンパク質のアクティブサイト(活性部位)では電子やプロトン移動等の化学反応(酵素反応)がおこっており、その反応のメカニズムを知ることは生物物理学における中心的な課題の一つです。電子移動反応を取り扱うには量子力学計算を行う必要がありますが、タンパク質等の巨大分子全てを量子力学的に取り扱った計算は非常に計算時間がかかります。そこで私たちは、酵素のアクティブサイト近傍のみを量子力学(QM)的に取扱い、その周囲は古典の分子力場(MM)を用いて計算する量子・古典ハイブリットシミュレーション(QM/MM法)を用いた計算手法の開発を行っています(図2)。


 タンパク質複合体の構造とダイナミクス

 タンパク質は生体内の生理機能を支える重要な機能的分子であり、その機能はタンパク質の立体構造や運動特性(ダイナミクス)と非常に密接に関わっています。また、実在系のタンパク質は複数のタンパク質が会合し、安定構造を作ることで初めてその機能を示す場合が多く、またその動的構造特性はいまだ明らかとされていません。そこで、計算機上で複数のタンパク質のドッキングシミュレーションを行い、タンパク質複合体の最安定構造を見つけ出します。タンパク質複合体としてPseudomonas aeruginosa cytochrome c551 (Cyt)とPseudomonas aeruginosa azurin (Az)のタンパク質複合体の構造安定性や酸化還元反応を分子軌道法や分子動力学シミュレーションを用いて評価を行っています(図3)。

  図 3 : Cytochrome c551 (右) - Azurin (左) ドッキング構造

 生体膜のシミュレーション

 私たちの体は細胞で出来ており、その細胞膜は生体膜(脂質二重層膜)で構成されています。生体膜は核や小胞体といった重要な器官を細胞内で守る役割を持つ一方で、水やイオンといった人体の生理に必要な物質の透過をさせる重要な役割を持っています。これらの特性は膜内の脂質分子の動的構造や温度・圧力といった物理特性と密接に関わっています。当研究室ではこれまで、脂質二重層膜へのコレステロール効果(図4)や膜タンパク質の動的構造の解析を行ってきました(図5)。これらの研究は生体内におけるシグナル伝達等の機能を有する生体膜(ラフト)の機能解明に役立ちます。

図 4 : 脂質二重膜層とコレステロール 
    図 5 : 脂質二重膜層への膜タンパク質の挿入


 タンパク質・基質の分子親和性の解明

図 6 : Hsp90とADPのMDシミュレーション

 タンパク質や酵素は生体内の反応の素過程において、特定の基質やタンパク質を認識し、相互作用や分子会合をすることでエネルギー交換や分子輸送を実現しており、生命維持に必要な様々な化学変化を起こしています。このことから、タンパク質の機能解明にはその原子レベルでの詳細な動的構造や、タンパク質同士での相互作用(分子親和性)の評価が重要とされています。当研究室では、タンパク質とリガンド分子の会合-解離過程における自由エネルギー変化を求める研究を行っています。分子シャペロンの一種であるHsp90とADPを対象として分子動力学シミュレーションを行い、自由エネルギーの変化から分子シャペロンの機能発現の解明に取り組んでいます(図6)。